2009東京大会全体講評

  全日本音楽教育研究会全国大会東京大会の開催をお喜び申し上げます。全国の各地からそれぞれの地域で指導的な立場にある先生や、音楽教育の優れた実践をお持ちの先生がこの会場に参加されていることと思います。
  今、多くの先生方が最も関心をお持ちのことは、小学校・中学校・高等学校などの学校において、子どもたちのために、教科教育としての音楽の授業をどのように改善充実するか、その具体的な方策ではないかと推察します。言い換えれば、現在そして将来にわたり、学校の教育課程の中に教科としての音楽が「なぜ存在しているのか」を示す根拠となるような優れた実践を進めるポイントは何か、ということと考えます。
  昨日は小・中・高校、そして大学それぞれで公開授業やシンポジウムなど音楽教育研究の方向性を示す優れた実践の発表・提案・協議などが精力的に行われました。改めまして東京都の関係の皆様のご尽力に心より敬意を表します。昨日それぞれで講評などが行われておりますので、この全体会におきましては個別的なことは省略させていただきますが、いずれにおきましても教育課程の変革期という難しい時期に、新たな方向性を指し示す貴重な成果をあげられ、併せて、それに基づく新たな課題も明らかになりました。
  そこで、ここではまず小・中・高校の新しい学習指導要領に示した指導内容に関して、今後、各学校や各地域の音楽教育研究会などで、特に実践的な研究を進めていただきたいことについて、昨日の研究成果・課題から繋げていくという意味で3点述べます。なお、大学での教員養成におきましても重視していただきたい点であります。
  1点目は、我が国の伝統や文化に関する表現と鑑賞の充実です。
例えば、歌唱共通教材曲を用いた歌唱指導、民謡や長唄など我が国の伝統的な歌唱を取り入れた指導、和楽器を用いた表現の指導、和楽器を含めた我が国の音楽の鑑賞指導などの充実です。
  ご承知の通り小学校の新学習指導要領では、鑑賞教材について「和楽器を含めた我が国の音楽」を、現行では高学年で扱うこととしていたところを中学年から扱うことができるよう明示し、学習指導要領の解説書に「箏曲や和太鼓の音楽など和楽器の音楽を含めた我が国の音楽、わらべうたや民謡、祭り囃子など生活している地域で親しまれている郷土の音楽など」を例示しております。高学年の鑑賞教材については、「我が国の音楽の特徴を感じ取りやすい和楽器による音楽、雅楽、歌舞伎、狂言、文楽などの一場面などを含め多くの人々に親しまれている我が国の音楽、諸外国で多くの人々に親しまれ伝えられている音楽など、我が国の伝統や文化の理解を深め、諸外国の文化への興味・関心をもたせる音楽を教材として選択することが考えられる」と解説しています。
  また、義務教育9年間のスタートに当たる低学年の鑑賞教材として「我が国のわらべうたや遊びうた」を新たに示しました。こうした教材の中に、伝統音楽の特徴や素材がたくさん含まれています。
  音楽づくりの指導についても、「内容の取扱い」に「拍節的でないリズム、我が国の音楽に使われている音階など児童の実態に応じて取り上げる」などの配慮を示しました。例えば、わらべうたを素材とした創作や、箏曲の様々な調弦に基づく創作など、我が国や郷土の伝統音楽の特徴を生かした音楽づくりを実施することなどが考えられます。
ご承知のとおり小学校では、教科の目標の中に「音楽文化の理解を深めること」を文言としては規定していませんが、今申し上げたように、伝統や文化に対する学習を小学校段階から大切にしており、それを中学校の音楽科へと繋いでいくということを考慮しています。
  中学校では「伝統的な歌唱のうち、声の特徴を感じ取れるもの」を歌唱教材選択の観点とし、また、「和楽器の表現活動を通して伝統音楽のよさを味わうことができるよう工夫する」指導上の配慮を示しました。伝統的な声の特徴を「感じ取れる」、和楽器では伝統音楽の「よさを味わう」とし、いずれの学習においても、感じ取ること、味わうことを大切にした点にぜひ着目してください。
  仮に、子どもが伝統的な声に特徴を感じることのない活動、よさなどを味わうことのない和楽器の活動であった場合、本来、伝統や文化を学習していく意味を失うと考えます。
国際化が進んだ現代の社会において、音楽文化の指導を充実し、我が国の伝統や文化の中に自分の「よりどころ」を見いだすとともに、異なる文化など対しても敬意を払い、世界の人々と共存していく態度を養うことは、これからの時代を「生きる力」をはぐくむことに他なりません。
  我が国や郷土の伝統音楽を扱うことは、過去から現在までの長い時間的空間を意識して、伝承しそれを創造的に発展していく視点で我が国の音楽文化をとらえる学習になります。こうした授業を進めていくことは、学校の中に音楽教育が存在する意義を確かなものにしていきます。
  なお、学習指導要領の改訂に合わせた財源措置として、「新学習指導要領の円滑な実施のための教材整備緊急3カ年計画」を策定し、その積算内容に和楽器の整備費、小学校外国語活動、武道防具など明記して配布しております。ただし、最終的な使途として和楽器の充実に充てるかどうかは各地域の判断になりますので、各学校や研究会などにおいてはその必要性を主張できるかどうかが問われます。現在の社会情勢の中、申し上げるまでもないことですが、音楽教育関係者自身は何もしないで待っていれば、様々な面で音楽に関することが充実していくということはあり得ません。音楽教育の実践への熱意と理解が、教員、管理職、行政関係者、地域社会を含めて一層高まっていくような、それぞれのポジションでの具体的な取組を一層進めていただくようお願い申し上げます。
  2点目は、創作の改善・充実です。
  創作の活動は、子ども自らが音を組み合わせてつくる行為を求めるため、直接的体験として「音楽はどのように形づくられているのか」、すなわち、音楽の構造の基本原理を知ることができます。そして、音楽を形づくっている要素を意図的に僅かに工夫するだけでも、音楽が醸し出す表情が大きく変わっていくといった質的な世界を感じ取る力を高めることになります。しかし、これまでの創作指導の実施及びねらいの実現状況においては幾つかの課題がありました。
  音楽の授業時間数全体が少ないので、創作活動に充てる時間がないと述べる教員がいますが、本当に時間数といった物理的、外的な理由だけで創作指導を行っていないのでしょうか。原因は別のところにあるのかもしれません。そこで、研究会における先生方の研修や大学の教員養成において、創作の意義をとらえた実践研究を一層行っていただく必要があると考えます。
  子ども自らが試行錯誤、創意工夫して「つくる」ことの追求過程に、創造性をはぐくむ重要な学習があります。この点で年間指導計画の中に創作に充てる時間を確保することは、他の分野の歌唱・器楽・鑑賞の学習の質の向上にも直接結び付いていきます。理論的なことを先行させ過ぎたり、はじめからまとまりのある音楽をつくることを期待したりするのではなく、子どもが自由に音を鳴らしながら、音の質感を丁寧に感じ取って、音を組み合わせていく中で、音の繋がり方、反復・変化などの構成原理やそれを含む形式などについて必然的に気付いていくような指導が求められます。
  例えば、中学校の新学習指導要領では、創作の指導内容を、旋律、音の素材、構成原理の働きに絞り込みました。このことを生かし、今後、全国の学校で子どもたちが音楽をつくる楽しさを実感できる創作指導の実施と、そのための先生方の研究を期待しております。
  3点目は、鑑賞の質的な改善です。
  例えば、言語活動を効果的に取り入れることによって、子どもが自分なりの価値や意味を見いだしながら、音楽のよさや美しさなどの味わいを深めることのできる鑑賞指導の研究です。「何を感じたか感想を書け」といったねらいが曖昧な活動を質的に改善していく必要があります。つまり、音を聴いてただ単に感じたことや理由を述べるだけではなく、その音楽が「自分にとってはどのような価値があるのか」などの評価を、子どもが自分なりに考える過程を組み込むことによって、鑑賞本来の意義である美的な価値判断力をはぐくむ指導へと改善を図っていくということです。
  例えば、発達の段階に応じて、親しい友達に「この曲のよいところをすすめるとしたら、あなたどのように伝えますか」といった親しみやすい課題を設定したり、幾つかの作品の中から1番気に入った曲を選び、「なぜその曲を選んだかの理由を含め、批評文にまとめる」といった価値判断を促すような課題を設定したりすることが考えられます。
  鑑賞の能力を高めることは、音楽に対する自分なりの価値を見いだし、音楽文化に対する理解を深めることになり、ひいては、音楽文化を尊重することへと繋がっていきます。
  以上、各学校や各地域の音楽研究会などで、今回の大会の成果・課題を踏まえながら、特に、実践的な研究を更に進めていただきたいことを3点申し上げました。
  次に、ただ今述べた鑑賞指導にも深くかかわることとして、これからの学習評価の在り方についての検討状況を申し上げます。
  現在、中央教育審議会教育課程部会の下に、学習評価の在り方について専門的な検討を行うワーキンググループを設置して議論いただいております。今年度中を目途に中教審の審議を取りまとめて、それを受けて新学習指導要領に対応した指導要録へと改善を図る予定です。中教審では、新学習指導要領に基づいた指導を進めていくことと併せて、各学校の先生方の負担感の軽減や、一層の効率的な学習評価のできる枠組について検討しており、例えば、評価の観点の考え方の整理、国などから評価の参考事例などを示すことを通じた負担感の軽減などが提案されています。一方で、優れた評価活動には一定の労力が必要であり、現行の評価を大きく見直すことによって、一層先生方の負担感が増すのではないかという意見もございます。
  関連して、全国的な教員の意識調査によりますと、観点別学習状況が円滑に実施できているかを尋ねたところ、評価の観点「音楽的な感受や表現の工夫」について円滑に実施できているに「そう思う」「まあそう思う」と答えた先生の割合は、小学校の先生が約56%、中学校の先生が約69%、「表現の技能」については小学校が約90%、中学校が約91%、「鑑賞の能力」については小学校が約48%、中学校が約71%という結果でした。この結果から「音楽的な感受や表現の工夫」と「鑑賞の能力」の評価が円滑にできているに肯定的に答えた先生は、数字の上からは小学校の教員全体の約半数にとどまっていることが分かります。
  そもそも評価を行うことは一定程度の負担がかかります。全く負担なく簡単に評価ができてしまうということはあり得ません。しかし、 全国的に見て約半数の小学校の先生が「音楽的な感受や表現の工夫」「鑑賞の能力」の評価が円滑に実施できているに対して否定的に答えているという事実は、課題といわざるを得ません。本大会の研究紀要の指導案を拝見し、この2つの観点の評価規準を見てみますと、やはり、その内容に重複感が強かったり、どこか分かりにくさが散見されたりして、先生方が苦慮されている様子がうかがわれます。また、中教審に対して全国連合小学校長会から、小学校における学習評価の観点や評価方法の在り方の意見が報告されておりますが、その中で、「見取りが難しい観点への対応が課題」とし、それに該当するものとして「音楽的な感受」が具体的にあげられています。
  ただし、ここで申し上げたいことは、本来「音楽的な感受や表現の工夫」が意味しているもの、すなわち「感じ取り、工夫する」ことは音楽科がはぐくむ極めて大切な力であるということです。このことは音楽教育関係の皆様に共通に理解されていることと思います。また、先程の調査結果で「表現の技能」の評価が円滑に実施できているという割合が小学校、中学校とも約9割と高くなっています。しかしながら、子どもが思いや意図をもち、それを実際に音楽で表すために必要な技能を育てて、それを評価するということは実際には容易ではありません。結果に表れている「円滑に実施できている」ことの中身についても、その実情をとらえていく必要があります。
  以上の状況から、今後の音楽科の学習評価をどのように改善するかについては、極めて重要な検討課題です。いずれにしましても新学習指導要領に基づく評価の在り方は、現行の観点別学習評価の成果や課題の延長上にあります。ぜひ新教育課程における評価に関する今後の動向に注目してくださいますようお願いいたします。
  話が変わりますが、今回の学習指導要領改訂の主要点は、〔共通事項〕を新設し、「表現」領域、「鑑賞」領域、〔共通事項〕の三者で全体を構成したことにあります。〔共通事項〕では、例えば、音色、リズム、速度、旋律などの要素を明示し、要素を知覚し、それらが生み出す雰囲気や美しさなどの質感を感受する学習が、すべての音楽活動を支えるものになると位置付けています。
  音楽は目に見える形ではなく、音が響いている時間にのみ存在し、時間の流れとともに音の組合せがいろいろと変化し、やがて消えていくという特性があります。この特性から表現活動においても鑑賞活動においても、楽曲や演奏の、ある瞬間、ある部分の音楽の特徴に子ども自らが気付き、判別し、感じながら受け入れていく、そして、その瞬間や部分を丁寧に積み重ねながら、自己のイメージや感情などの変化を意識しつつ、音楽の全体的な姿、すなわち、音の響きが存在していた一定時間のまとまりをとらえていくことが重要となります。「知覚」とは子ども自らが要素に気付き、判別し、意識すること、「感受」とはその働きが生み出す質を感じ、受け入れることです。小学校では「要素を聴き取り、それらの働きを感じ取る」のように平易に表記して示しておりますが、この「聴き取り、感じ取る」と「知覚し、感受する」は同じことを意味します。また、高校の芸術科音楽では、〔共通事項〕に相当する事項を歌唱・器楽・創作・鑑賞のそれぞれの中に位置付けております。こうした〔共通事項〕を支えとした指導を行うことが、例えば、表現活動では正しい音程で歌えたか、間違えることなく演奏できたか、といった面のみの活動、鑑賞活動では音楽を聴いて感想を言いなさい、といった漠然とした活動に陥ることなく、子どもが感性を自ら働かせて思考・判断し表現する音楽学習を成立させます。
  具体的には「A表現」領域では、〔共通事項〕の学習を基にして、どのように音楽を表現するかについて感じ取りながら考え、自分なりの思いや意図をもち、技能を伸ばし、歌唱、器楽、創作で表すこと。「B鑑賞」領域では、〔共通事項〕の学習を基にして、楽曲や演奏について感じ取りながら考え、自分なりに評価をし、それを言葉で表すなどして、音楽のよさや美しさを味わうこと。このような一連のプロセスを大切にした指導を行うことが学習を成立させる条件と言えます。新学習指導要領は、このことが明確になるように構成しました。
音楽の授業はこのような指導のプロセスを支えとしつつ、子どもが仲間とともに音楽表現をする喜び、音楽鑑賞を深めていくことの喜びを大事にすることが重要です。子どもたちにとっては、その結果として、生涯にわたり音楽を愛好する心情が育ち、感性が高まり、音楽活動の基礎的な能力が伸び、音楽文化についての理解が深まり、情操が養われていくのです。
  以上に述べてきたことを踏まえて、改めて音楽の新教育課程の特徴を最後に4点申し上げます。
  1点目は、音楽教育のこれまでの成果と、これからの授業を繋ぐということです。
  本研究会や各地域の研究会などにおけるこれまでの様々な成果を生かしつつ、今日的な課題に確実に対応し、教育基本法、学校教育法の改正などによって明確化された教育理念と、これからの音楽の授業とを繋いでいくものを目指した、という特徴があります。
  2点目は、生きる力と音楽教育の関係です。
  音楽は一人一人の思いや感情などを表したものであると同時に、その表現は社会や文化の有り様と密接にかかわっています。グローバル化などの社会の構造的な変化の中で、「生きる力」の育成はますます重要であるという理念に立脚し、文化についての理解を深める学習を一層充実した、という特徴があります。
  3点目は、音楽教育における学力の考え方です。
  基礎的・基本的な知識・技能、思考力、判断力、表現力など、及び、学習意欲を重視し、生涯にわたって学習するための基礎を培うよう、音楽教育の指導のねらいや手立てを明確にした、という特徴があります。
  最後に4点目は、小・中・高等学校の一貫性の重視です。
  先程述べたように、今回の改訂で学習指導要領の全体構成を、小・中ともに「表現」と「鑑賞」の2領域、さらに、「表現」と「鑑賞」に関する能力を育成する上で共通に必要となる〔共通事項〕を設けました。その上で「歌唱」「器楽」「創作」ごとに指導内容を示すなど、小・中の基本的な構成を共通にし、義務教育の一貫性を確保すると同時に、このことによって学校や学年にふさわしい指導についても、全体の中の位置付けとして、固有性をとらえることができるようにしました。さらに、義務教育と高等学校の芸術科音楽との関連も一層密接にしました。本大会では小・中・高校・大学が一堂に会し、実践発表が行われ、特に本日、各校種を貫く全体会が行われていることは、一貫性の観点から意義あることと考えます。
  以上4つの特徴を述べましたが、どうか先生方ご自身が勤務されている学校種を超えて、まずは、小・中・高校の新学習指導要領の解説書を改めてご覧いただくことをお願いいたします。また、音楽教育に関係する大学の先生方や将来教員を希望する学生の皆さんにもご覧いただき、早期に理解され研究に生かしていただくようお願いいたします。併せて大学においては、小・中・高校の教育実践の在り方を理論的に裏付けるような学術研究を一層推進していただくとともに、将来の教育界を担う人材養成に資する教育と研究の充実を図るための、必要な改善を図っていただくようお願いします。こうしたことは教育課程の変革期である今こそ、進めていくチャンスであります。
  音楽教育研究会がその名の通り、実践的に音楽科教育の在り方を研究し、成果をあげられますとともに、特に全国組織におかれては、中・長期的なビジョンをもって取り組んでいただくことを期待しております。
  最後になりましたが、公開授業、研究協議、発表、演奏、シンポジウムなどを担当された先生方、子どもたちをはじめとしまして、本大会の準備、運営に尽力されている皆様に心から敬意を表しますとともに、本大会が音楽教育の改善充実の契機になることを祈念申し上げまして講評とさせていただきます。