子どもの心に潤いを

都小音研会長 渡辺信夫
 歌に思い出が寄り添い、思い出に歌が語りかけ、そのようにして歳月が静かに流れてゆきます。かつてのNHKラジオ番組「にっぽんのメロディ」で聞かせた元アナウンサ−中西龍(りょう)さんの名調子であります。今でも目を閉じると、温もりと慈愛に満ちた語りの中に、若干の哀愁をおびたやさしい口調が心地よく聞こえてきます。そして流れるにほんのこころの歌に引き込まれ、しばし時を忘れ聴き入ったことが思い出されます。
 さて、学校教育に対する国民の意識の高まりの中、去る2月21日、教養教育の大切さを訴える中央教育審議会の答申が示されました。自分を律していく力や、伝統・文化・歴史などの理解を含め五つの要素を挙げておりますが、既存の価値観が大きく揺らいでいる今、学校教育では知的な能力の開発と同時に、音楽や絵画のように潤いを与える感性を育てていくことが、強く求められています。まさに音楽科の果たす役割は非常に重要であると言えるでしょう。
 近年、町おこしや生涯学習の主役として、全国各地で童謡や唱歌が大切に歌い継がれていますが、岩手県柴波町では毎年、県内の童謡愛好の団体が一同に会して、「撰 聖歌(たきびの作詞家)童謡まつり」を開催しております。作曲者の渡辺 茂先生のお名前を知らない方はないと思いますが、先生は我々音楽教師の大先輩のみならず、都小音研の第6代(昭和45・46年)会長として音楽教育の推進と研究会の発展のためにご尽力されたことをご存じの方は少ないのではないでしょうか。また、この「たきび」には、日米開戦の翌日にNHKのラジオの歌番組で全国放送されたことなど、波乱に富んだエピソ−ドが隠されているのも興味深いものであります。(渡辺 茂先生はめでたく卒寿を迎えられ、現在も創作活動を続けておられます。)
 にっぽんを離れて外国の地を踏むと、いかに日本は美しい国であるかを思い知りますしかも、日本には四季の変化があって、風に雨に、月に雪に味わいをこまやかなものにし、日本人の心に豊かな情操を育ててくれました。(唱歌をたたえる/安西愛子)
 童謡や唱歌を口ずさむと、幼い頃や故郷の思い出が懐かしく響くのは、やはり日本人の心がにじんでいるからかもしれません。これからの日本の音楽教育は、戦後の洋楽を主体とした内容から邦楽を重視した教育に、部分修正しつつあります。この時期、改めて日本の音楽「わらべ歌、童謡、唱歌、民謡、邦楽」にスポットをあて、過去の良きものを再認識する一つの在り方として、もう一度見直すのも大変大切なことではないでしょうか。
会報「都小音研」(第44巻346号)巻頭言から